2017年01月25日

『 沈黙‐サイレンス‐ 』

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『 沈黙‐サイレンス‐ 』公式サイト

鑑賞日:2017年1月22日(2D字幕)

今日は昼間に「沈黙」を見てきたんだけどタイトルのせいか始終自然音がBGMで音楽が殆どない作品でした。長崎で弾圧される切支丹と宣教師の姿は痛々しさを超えていてほんとに凹む。キリスト本人すら「我が神、我が神、どうして私をお見捨てになったのですか」と言った神は沈黙する。沈黙故に神なり。

イッセー尾形が出演していたことをすっかり失念していたけど、これがまあいやらしくも的確に現実を突きつけてくる役所で良かったです。



そう、それ!日本人役の役者さんも充実してたし(「ラストサムライ」で日本語がおかしい俳優が日本人役で出ていたり、大袈裟でおかしい横浜の街や皇居のセット、原風景とはいえ明らかに日本ではない大自然過ぎる自然とか)服装や家屋、風景等の描写にも嘘っぽさがなかった。台湾ロケだけど。

「ラストサムライ」の頑張ってるけどでもおかしい日本の描写はあれはあれで好きです。「パシフィック・リム」の萌&健太とかも。



え!そうだったの?!イノウエサマ??じゃあ井上様自身が棄教者だったのね…! > RT





「沈黙」で日本はキリスト教的信仰が根を張れない“沼地”だ、と表現されたことは確かにとても面白い表現だった。宗教はどれも信仰する人間の救済が目的だけど、日本人の信仰に対する感覚とキリスト教のような一神教は仏教や神道とはどうしてもどこか違うものを感じるんだよね。

キリスト教が日本に伝来した当時、弾圧されるほどに一瞬ワッと広まったのは当時の農民階層がいかに物理的にも社会的にも救済に飢えてたかというやつではないのだろうか。天皇=天子様という考えも根強いから明治以降宗教の自由が成ってもキリスト教徒人口は驚異的には増えてないんだよね。

まあでもなんだろ、当時の植民地侵略がまず宣教師が行きキリスト教を広め、次に商人が行って貿易を始め、最後は軍隊が来て侵略するというパワーポリティクスだったことを考えると、やはり日本みたいに鎖国して切支丹を取り締まった国であるからこそのこんな文化を持った国と思うと考えちゃうよね。

ところでトップビジュアルには海外版?のポスターを持って来ましたが(画像は劇中のスチルだけど文字の配置やロゴのデザインはこれが一番好き)他の海外版ポスターこれ↓だし、

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リアム・ニーソンの役柄は確かに重要なんだけど、この扱いはどうかなとも思うし……(まあちょっとルネサンス期のイコンっぽい感じはする)

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日本版のこのはい!出ました!角版処理!感あふれるこのビジュアルもダサ過ぎてないよ……と思う……。白文字を読ませるために故意に背景暗くした感も満載だし。コピーもさ、「我が神、我が神、何故お応えにならぬのですか」とかのが良くない?


posted by 益子繭己 at 13:50| Comment(1) | TrackBack(0) | 映画感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おぉー先生、既に独に旅立った後だったのね(一歩遅かった…)
実は今朝長文メールを送ったところ、エラーで返ってきたのでこちらを覘いてみた次第ですよ。
落ち着いたら連絡下さいまし(o_ _)o))
Posted by Daimon@鱈沖 at 2017年01月31日 08:51
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